寄り道は行政書士
行政書士の資格に興味を抱いている。中小企業診断士の資格勉強を令和七年三月から始めた。五ヶ月勉強して試験を受けたが、見事に不合格であった。それからも勉強は続けているわけだが、また「寄り道」をしたくなっている。診断士の科目にも「経営法務」があり、法律を学んでいるわけだが、なぜだか他の法律にも興味が出て来て、行政書士という資格にたどり着いた。私にも取得することが出来て、法律の基本的な事項を身につけることが出来そうなのだ。また副業としても診断士の資格との相性も良さそうなので、なおさら私の背中を押している。しかし、診断士の勉強は、私にはかなり難しいので「寄り道」をしている場合ではないが、良くある話しで、おおよそ「寄り道」のほうが面白く感じてしまうのである。
行政書士の科目は大きく二つある。「法令等科目」と「基礎知識科目」である。「法令等科目」は、憲法、行政法、民法、商法・会社法、基礎法学、「基礎知識科目」は、政治・経済・社会、情報通信・個人情報保護、文章理解である。
憲法は、基本的人権や国の統治機構などを学ぶようだ。先日「公開憲法フォーラム」というものに参加してきた。安全保障における第九条についての講演を聴いてきたのだ。いわゆる改憲派の講演で、自衛隊を違憲とするような解釈では、到底ロシア、北朝鮮、中国から国を守ることが出来ないという内容であった。驚いたのは、台湾有事に備えて、与那国や石垣では住民の避難計画がすでに立っていて、さらに住民への説明も済んでいることであった。台湾有事は現実のこととして準備が進められているのだ。少し話しはそれたが、そういった国の方針を決める大本になるのが憲法である。一般の法律は国民を律するものだが、憲法は国を律するものである。そんな大切な憲法について専門的に学んでみたいと思っている。
行政法は、国や地方公共団体などの行政機関の活動を律する法体系の総称である。具体的な法令としては、行政手続法、行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法、地方自治法である。こちらは行政書士のメインとなる科目だ。憲法と同様に、国などの公共団体を律するわけだが、そこには原理がある。公益優先、比例原則、平等原則、信頼保護原則などである。私は哲学にも興味があるわけだが、日本の法律に横たわる原理原則が、どのようなものであるかを哲学的に深く吟味する良い機会であるとも感じている。そしてそれは神を祀るなど神職として学んできたこととの関連で理解を深めてみたいとも思っている。
民法は、私人間の生活関係における基本的なルールを定めた「私法の一般法」である。診断士の勉強でも取り扱っている。診断士の試験では経営にまつわる債権や契約についての出題が多いが、行政書士では、意思表示や不動産物権変動の対抗要件、不法行為、相続などで、診断士の勉強と重なるところが多いのかも知れない。ここにも法が規定する私人間の原理があり、哲学的な思索につなげることが出来そうだ。
商法・会社法も、診断士で取り扱っていて、診断士の資格のほうが詳しいかも知れない。会社の設立や機関設計、資金調達、貸借対照表や損益計算書などの計算書類、解散などである。
基礎法学は、法体系全体に関する基本的な理解を問うものである。法の種類や法の効力、裁判制度、憲法の基本原理以外の法の分野、法令用語などである。憲法の基本原理以外の法の分野とは、刑法の基本原理や国際法、社会保障法などであり、あまり詳しくは扱わないようだ。刑法などは興味をそそられるので、また「寄り道」的に深追いしないように気をつけなければならない。法令用語は、「善意・悪意」、「見なす・推定する」など、特有のものがあるようだ。「善意」とは、ある事実や事情について、何も知らなかったという意味で、「良い意図」があったかを問うものではない。「悪意」は、ある事実や事情について、知っていたという意味で、「悪い意図」があったかを問うものではない。「みなす」は、事実Aがあれば、事実Bが絶対に存在するものとして扱うという意味である。強力な法的効果を持っており、原則として反証を許さず、覆すことは出来ない。たとえば「未成年者が婚姻をしたときは、成年に達したものとみなす。」(民法九条、現在は取り消されている)は、たとえ肉体的・精神的に未熟であっても、婚姻した時点で「成人である」という扱いになり、それを覆すことは出来ない。「推定する」は、事実Aがあれば、事実Bが存在するものとして扱っておくが、反証があれば覆すことが出来る。たとえば「妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する」(民法七七二条)。確かに絶対的な事項ではなく、覆すことが出来そうだ。以前日本語文法の中に哲学的な存在論を見いだしていたが、それと同じように用語や法律的な言い回しには深い意味を見いだすことが出来るかも知れない。ここも配点は高くないので、試験対策としては深追いしてしまってはいけないだろう。
次は「基礎知識科目」についてだ。
「政治・経済・社会」は、「政治」として選挙制度、行政、国際政治などを学ぶ。選挙制度などはニュースでも問題になるが、あまりよく知らなかったので嬉しい。国際政治も同じく知らないことが多いので興味津々だ。「経済」としては、国の財政や地方財政、日本銀行などだ。診断士の勉強でも「経済学・経済政策」というものがあるので、重複するところはさらに深く理解が出来るかも知れない。経済学は、私の哲学的なテーマの「関係性の存在論」の具体的な研究対象にしようとも思っていたので、こちらも嬉しいのだ。「社会」としては、環境問題や社会保障である。社会保障は考えたこともなく、身近な社会保険の制度なども学ぶのでありがたい。
「情報通信・個人情報保護、」は、情報通信用語や個人情報保護法を取り扱うようだ。診断士の勉強には「経営情報システム」というのがあり、IT関係の用語やシステム開発についても学ぶので重複する。さっと教科書に目を通すと、広く浅くといった感じなので、あまり時間をかけてはいけなさそうだ。個人情報保護法は、診断士の勉強ではあまり出てこない。実社会では頻繁に耳にするので、学ぶ良い機会になる。
「文章理解」は、文章の並べ替えや、空欄補充、脱文挿入問題などだ。学生時代の国語の問題みたいで懐かしい。国語力がない私にはぴったりである。
さらには、科目にはないが勉強を深めるために判例集を学ぶ。これがとても面白い。診断士の勉強にも二次試験で事例の問題がある。良くありそうな会社の経営の診断や助言をする問題で、学んだ知識を実社会でどのように適応させ、現実を変えてゆくかの問題である。哲学の勉強をしていると抽象的な思考が多くなり、その抽象化された世界にしか通用しないような考えが浮かんでくるのが課題であった。抽象化したことを忘れて「具体的なものをとりちがえる間違い」というのをしてしまうのだ。だから事例で考え、適応させることによって、具体物を動かすことができ、本当の関係性の中で存在を考えることが出来る。それと同じように判例は、実際の事件を法律はどのように解釈し解決してきたかが書かれている。論理的な思考とその狭間にある人間的な裁判官の裁量は、読んでいてとても参考になる。美しいと感じるのだ。
たとえば「砂川事件」というものがある。砂川町にあった米軍使用の立川飛行場拡張のための測量に反対する集団が境界線を破壊し、飛行場内に立ち入った事件である。この行為のため、参加者らが、日米安全保障条約に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反として起訴された。ここでの争点は、①憲法九条は、自衛権に基づいて他国に日本の安全保障を求めることを禁止しているか、②日本に駐留する外国軍隊は、憲法九条二項で保有が禁じられる「戦力」にあたるか、③日米安全保障条約は、裁判所による司法審査の対象となるか、である。これらの争点に対して、①確かに憲法九条は戦争を放棄し、戦力の保持を禁止しているが、これによりわが国が主権国として持つ自衛権は何ら否定されたものではない。「戦力」は保持しないけれども、これによって生ずるわが国の防衛力不足は、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選び補うことが出来る。②憲法九条二項で保有を禁じているのは、わが国自体の戦力であり、自衛のための戦力であるかどうかを別にして外国軍隊は「戦力」にあたらない。③条約も司法審査の対象となり得るが、安全保障のように主権国としてわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度に政治性を有するものは、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、司法審査の対象とならない。それは第一次的には、条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、最終的には主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものである。これらのように説明されている。
事件に対して争点をしっかりと分けて整理されているところや、抽象的な条文を現実に即応して解釈し運用しているところは、美しく感じる。これから勉強を進めていくとさらにその解釈や運用について細かく感じるところが増えるのではないかと思うと楽しみである。今はただ惚れ惚れとして眺めているだけだ。
診断士の勉強をしなければならない。診断士の資格は最難関で合格率はかなり低い。一時も油断してはならないのだ。しかし「寄り道」は楽しい。やってはいけないと思うともっと気になってくる。それが人情というものであろうか。そんな風にして後ろめたさを感じながら行政書士の教科書や判例集を手に取っている。しかし、資格として診断士との相性がいいことや、哲学的な課題である「関係性の存在論」の具体的な題材としても役に立ちそうなのでよしとしている。以前哲学史の本を通読しようと読み始めたら、プラトンというギリシャ哲学の最初の方で「寄り道」をしてしまった。二千年も前の哲学者だ。現代までは程遠い。その結果哲学史は最後まで読むことが出来なかった。今回はそんなことがないように診断士の勉強は日課にしつつ、息抜きとして行政書士の勉強をしている。どうなるだろうか。ふでのまにまに「寄り道」を楽しんでいる。
令和八年十二月二十一日
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