第九条入門

 私の本好きの対象は法律にうつった。『刑事訴訟法』、『司法試験過去問講座Ⅳ商法(会社法・手形法)』、『最高裁判所判例集第三九巻第五号(昭和六〇年六・七月分登載)』、『日本法制史』。これらを四天王寺の古本市で見つけてしまった。ある法律事務所の処分品らしい。『刑事訴訟法』は高田卓爾氏の解説本で、前の持ち主はこの本で司法試験の勉強をしたのだろうか、沢山の書き込みがしてあった。

 もちろんちんぷんかんぷんであり、持っていても宝の持ち腐れであるのは毎度のことであるが、本棚に並べてあるだけでも刺激にはなる。日常のふとした瞬間に手に取って、しばらく眺めてからまた戻すのだ。法律というものを以前に比べて身近に感じるようになったかもしれない。

 一度そんなブームが始まると止まらなくなるのも毎度のことであり、次は『ポケット六法』を購入。資格の勉強にも役に立つからと、無理矢理に言い訳を付けて買ってしまった。小さい文字が沢山並んでいるのに興奮している。

 また次男の問題行動がきっかけで、過去の出来事の清算を進めているわけだが、その中で弁護士に相談することもあり、法律の刺激は増す一方である。そうすると法律事務所にあった『六法全書』が気にかかり、また買ってしまう。私の家には『ポケット六法』『六法全書』という分厚くてよく似た本が仲良く並んでいる。

 さらには私が務めている神社に、以前お世話になった法律の教授、富永健先生が来社された。法律が私を呼んでいるようである。

 そして最後に極めつけが、来る十二月二日の「第十四回公開憲法フォーラムin京都」に仕事で行くことになったのだ。法律が私を呼んでいると言うよりも、私を求めているかのようだ。このフォーラムのことはよく知らないが、法律に関することが度重なると、どんなに法律音痴な私でも条文の一つや二つを覚えてしまいそうだ。こうなるとモジモジしている場合ではない。思いっきり本を買ってやろうと思う。

 そんなことで、また最近買った富永健先生の『日本憲法の基本理念』をもとに、憲法第九条について、さまざまな議論をまとめて第九条の入門としたい。

 まずは憲法第九条の条文を日本語と英語の両方で記す。


第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of setting international disputes.

In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.


 第九条についての主な論点は次の二つだ。


 Ⅰ自衛戦争が放棄されたのか

 Ⅱ自衛のための戦力を保持することが出来るかどうか


 これら二つをめぐって長い間議論がくり返されているようだ。「自衛戦争」とは文字通り自国を守るための戦争であり、その対義語のように使われているのは「侵略戦争」である。国家の政策として他国を違法に侵害し、軍事力を行使して征服や支配を意図する戦争のことだ。現在の日本で「侵略戦争」をするような風潮はないが、他国の侵攻に対しては「自衛戦争」を余儀なくされることは考えられる。そこで「自衛戦争」が憲法によって放棄されていると解釈されるなら、降伏するしかないのだろうか。

 また、「自衛のための戦力」とは自衛隊のような組織のことであり、その名が示すとおり、「軍」ではなく「自衛」隊であり、自衛のための活動しか出来ないわけだが、これを保持することが出来るかどうかも議論されている。

 以上の点を議論するにあたって、重要である具体的な条文の文言は次の通りだ。


 A「国際紛争を解決する手段としては」をどのように解釈するか。

 B「前項の目的を達するため」とは何を指しているか。

 C「交戦権」とは何を意味するのか。


 Aは、侵略のための戦争・武力行使だけを放棄したとみるか、自衛のためのそれらも放棄したのかが問題だ。「国際紛争を解決する」という文言だけでは、それが侵略的か自衛的かは判断が出来ないであろうと思うので、議論になるのは当然かも知れない。

 Bは、第九条は二項まであるが、「前項の目的を達するため」というならば、一項の目的を明確にする必要がある。一項を要約すると「日本国民は、国際平和を希求する。戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄する。」となるだろうか。もし要約がこれで正しいとするなら、「国際平和を希求する」ために、「自衛戦争」を放棄するのだろうか。「戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄する」ために、「自衛のための戦力」を放棄するのだろうか。こちらも意見が分かれそうだ。

 Cは、国家が戦争する権利か、もしくは国際法上交戦国に認められる各種の権利かが争点である。この各種の権利を具体的に示すと、敵兵力の殺傷・破壊、海上封鎖や臨検・拿捕、捕虜の抑留、占領地における軍政などだそうだ。「交戦権」が具体的に何を示すのかは、明確に書かれていないので分からないというしか仕方がないような気もする。

 これらの論点や文言を踏まえてさまざまな主張を分類すると、大きく三つに分けることが出来るようだ。


 全面放棄説

 限定放棄説

 九条の規範性に着目した見解


 全面放棄説には二つの類型がある。

第一項ですべての戦争を放棄し、二項で一切の戦力保持が禁止され、交戦権(=戦争をする権利と解する)も否認されている。


第二項によってすべての戦争を放棄したと説く。第一項は、侵略戦争の禁止。二項で一切の戦力保持が禁止されているから、自衛戦争も出来ない。

 これら二つの共通点は自衛戦争放棄と自衛戦力不保持である。

 限定放棄説にも類型がある。


③自衛戦争・自衛戦力保持説

第一項は、侵略戦争のみを放棄。第二項は、侵略のための戦力の保持の禁止。交戦権も侵略戦争の権利。だから自衛戦争や武器は許される。


④戦争全面放棄・自衛武力合憲説

戦争は自衛戦争も含めてすべて放棄するが、武力の行使は自衛のためであれば許容される。「国際紛争を解決する手段としては」は、「戦争」にはかかっておらず「武力による威嚇又は武力の行使」にかかっていると解釈する。これは英文を根拠としている。

[war] <as a sovereign right of the nation> and [the threat or use of force] <as means of setting international disputes>.

[ ]で囲った部分に< >で囲った部分がかかる。

 始めはよくわからなかったが、「国際紛争を解決する手段としては」を「戦争」と考えると分かりやすく感じた。つまり戦争するための「武力による威嚇又は武力の行使」は放棄するが、戦争ではなく自衛=身を守るための「武力による威嚇又は武力の行使」は許される、という解釈だろうか。

富永先生の解説には「第2項の「戦力」は「戦争」に対応するものであるから、一切保持が認められないが、戦力に至らない自衛のための「武力」の保持は容認される」とある。「戦力に至らない自衛のための武力」とは一体何なのだろう。繊細な解釈だが、こんな繊細さを必要とする条文は、よくできた条文であろうか。もっと分かりやすく指し示すものを間違いなく伝える条文の方がいいのではないだろうか。


 第九条の規範性に着目する見解は四つある。

⑤政治的マニフェスト説

高柳賢三博士によるもの。「社会的解釈によれば第二項は「平和への意思」を表した修辞的表現でかざられた国際政治的マニフェストにすぎぬのである。従って第二項の一々の字句からはなんら法的効果は発生しない。、、、近代的憲法には政治的マニフェスト、理想の表現、信仰の告白と見られる多くの条文を見いだす。それらにおける条文の字句の一々から、法的効果を引き出そうとするのはナンセンスである。」


⑥政治(的)規範説

伊藤正巳教授によるもの。

第九条は国民の政治意思の決定の基礎となる規範としての性格が強い。法令や政府の行為が九条違反か否かは、国会や選挙その他政治的な場において検討され決定される。裁判所が決定するものではない。


⑦事情変更論

柳沢義男教授によるもの。独立後の日本においては、第二項の規定は、自衛戦力は否定しない意味に変わったと解するべき。なぜなら講和条約により、国家の自存自栄は自らこれを全うする権利を回復したものであるからである。


⑧憲法変遷論による自衛戦力合憲説

橋本公亘教授によるもの。憲法制定当時は全面放棄説が正しい。しかし、国際情勢やわが国の国際的地位が変化し、九条の解釈の変更を必要とするに至った。憲法変遷により、限定放棄説が妥当になったとする。


 第九条の規範性に着目する見解は、条文だけを見るのではなく、社会的な文脈も押さえていることが共感できる。絶対的なものを求めるのはどこかで無理がくる。視野を広げて検討し、根本的なところは守りながらも臨機応変に対応していくべきだと思う。

 以上の八つが富永健『日本憲法の基本理念』に紹介されている学説である。良く整理されていてわかりやすかった。試しにAIのGrokにも聞いてみたものを以下に記す。


⑨芦田改正・平均的解釈(政府の公式見解=現行主流解釈)

自衛のための戦争・武力行使は禁止していない。二項の「戦力不保持」「交戦権の否認」は、一項の「戦争放棄」に対する手段的規定であり、自衛のための必要最小限度の「実力」(自衛力)は「戦力」に当たらない。自衛隊は合憲。個別的自衛権の行使は合憲だが、集団的自衛権の行使は「必要最小限度」を超えるため違憲。しかし、一部限定行使は二〇一五年安保法制で合憲化。

 これは④戦争全面放棄・自衛武力合憲説と合致しているように思う。ここで「個別的自衛権」と「集団的自衛権」という言葉が出て来たので説明しておくと、「個別的自衛権」は、自国が武力攻撃を受けた際に、自国を防衛するために必要な武力を行使する国際法上の権利であり、「集団的自衛権」とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利である。


⑩非武装中立論・絶対平和主義(旧社会党・共産党の一部などが主張)

自衛隊は違憲。自衛権自体も「主権国家として固有の権利」ではあるが、第九条により放棄されている。日本は完全に非武装化し、国連や日米安保に頼らず中立を守るべき。

 これは①②の全面放棄説である。


⑪専守防衛・九条二項保持論(中道左派・護憲派の主流)

自衛隊は「専守防衛」に限定される限り合憲。個別的自衛権はいいが、集団的自衛権は違憲。立憲民主党、旧民進党、民主党政権時代の主張。


⑫憲法九条下での集団的自衛権の完全行使容認論

侵略戦争だけが禁止されている。自衛隊は合憲、集団的自衛権の完全行使も理論的には可能。ただし政府見解とは相容れず、現在は下火の主張。


⑬九条無効論・自衛戦力明確化論(改憲派の現実的立場)

九条の解釈は無理筋。国際情勢に適合しない。集団的自衛権の完全行使や普通の軍隊保有を可能にするために、九条を改正すべき。


 以上⑨から⑬が、グロックが教えてくれたものであった。個別的、集団的自衛権や具体的な政党名が書かれておりわかりやすくなった。私の所感としては、これだけ多くの学説があると言うことは、憲法の条文を変えるべきであると思う。できるだけ多くの人間が同じ解釈が出来る条文にしないと、いつまでも議論ばかりする事になる。内容が国防に関することなので、事態によっては待ったなしである。このような意思決定は簡単にできるものではないが、いたずらに議論が長引いたり平行線をたどるのは考えものである。

 法律に興味を持ち始めたことがきっかけで、憲法第九条という国家にとって大切な条文に関する情報をまとめることができた。法律は私が好きな哲学や倫理にもつながる重要なものだ。もっと知りたいと思っている。今は中小企業診断士の資格勉強に忙しいが、ここにも会社法や著作権法などの法律が出てくる。これらの中にも哲学的な示唆があるのかもしれない。毎日が刺激的だ。わからないことだらけだが、ふでのまにまに六法全書をめくっている。


令和7年11月27日


コメント

人気の投稿

自分の写真
杉原 淳一
muko-city, kyoto, Japan
ふでのまにまに