テキスト読了

 午前四時四五分頃、私の一日は始まる。やかんでお湯を沸かしている間にトイレに行って、歯を磨く、湯が沸いたら焙じ茶を淹れる。ここで注意しなくてはならないのは、焙じ茶でなくてはならないことだ。なぜなら緑茶やコーヒーでは腹が痛くなる。私はカフェインに弱い。かといって白湯を飲んだのでは気分が出ない。わざわざ急須を取り出し、茶葉を入れ、面倒な儀式をあえてする。そうすることで一日が始まったという認識が強くなるのかもしれない。焙じ茶のお気に入りは一保堂と日野焙じ茶。一保堂はキリリと辛口で、日野焙じ茶はまろやかだ。次はノートを開いてモーニングページ、頭の中にあることをただただ書き出す。以前は手書きであったがポメラを買ってからは、俄然キーボードをたたいている。これによってもやもやした眠気にも似た脳みその屑のようなものが吐き出される。これも始まりの儀式と言ってもいいかもしれない。それから中小企業診断士の勉強を始めるのだ。

 診断士の勉強は三月からの習慣でそれ以前は読書に充てていた。やりたいことは仕事が終わってからの夜にするのではなく、朝一番にやったほうが楽しいことに気付いてからは、夜はさっさと寝て朝早くに起きて、今一番やりたいことをその日の最初にやるようにしている。仕事から帰った後に勉強や読書をすると、疲れていて途中で寝落ちなどと言うことはよくあったが、朝にするようにしてからは、頭がまだスッキリしているので、はかどるような気もしている。

 三月からはじめた診断士の勉強は、趣味と実益を兼ねたもので、やらなければならないものではないが、やると趣味にも仕事にも役に立つので楽しんでいる。試験は七科目ある。その全貌をテキストで把握してから、細かく問題集を解いていき、最後は過去問で仕上げるという計画だ。試験は八月なのであまり時間はない。今はようやくテキストの読み込みがすべて終わって、問題集の三科目めをやっている。今までの随筆で、「企業経営理論」、「財務・会計」、「運営管理」、「経済学・経済政策」、「経営情報システム」は紹介したので、今回は「経営法務」、「中小企業経営・中小企業政策」を紹介する。

 まず「経営法務」では、経営に関わる法律を扱う。具体的には、民法、会社法、知的財産権などである。法律を勉強したことがなかったので、最初は少々戸惑った、言葉が難しいのである。「故意」や「過失」、「善意」や「悪意」、もちろん聞いたことはあるが、法律の中での詳細な定義は知らなかったので、なかなか入ってこなかった。「故意」は、「私法上、自己の行為から一定の結果が生じることを知りながらあえてその行為をすること」であり、つまり「わざと」である。「過失」は「一定の事実を認識することができたにもかかわらず、不注意でそれを認識しないこと」であり、つまり「わざと」ではない。この二つは日常的な使い方とあまり違いはないが、かたや「善意」は「ある事情・事実を知らないこと」であり、「悪意」は「ある事情・事実を知っていること」であり、私たちが普段使っている意味とは少し違う。辞書に「善意」は、「他人のためになるようにと思う心」、「悪意」は、「相手に不幸・苦痛を与え、傷つけようとする心」とあり、この少しの違いがなかなかなじまなかったのである。例えばこんな文が出てくる。「利得について善意の杉原は、、、」。この意味は、「利得について知らなかった杉原は、、」となる。一方、「利得について悪意の川口は、、、」の意味は「利得について知っていた川口は、、、」となるのだ。よく考えればわかるが、いちいち立ち止まらないと最初はわからなかったのである。

 「会社法」では、事業の開始等に関する基礎知識として、個人と法人の違いや、営利法人としての株式会社や持分会社などの違いを学ぶ。聞いたことはあったがこちらも詳しくは知らなかったので興味深い。しかし日々お祓いや神社の掃除をしている私には想像が出来ないこともあり、一度自分で事業でも興してみるとよくわかるかもしれない。試験では株式会社についての問題が多いようで、株主総会・取締役会議事録についてや株式譲渡制限会社の特徴、監査等委員会設置会社についてなど、文字で読むだけではなかなか想像できないこともあって手こずっている。動画を検索するとスーツを着た行政書士の方が丁寧に説明してくれているが、いちいち見てられないというのが正直なところだ。

 そんな問題児な「経営法務」であるが、知的財産権などは多少の興味をもって勉強できた。知的財産基本法では知的財産を次のように定義している。「知的財産とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発明または解明された自然の法則または現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品または役務を表示するものおよび営業秘密その他の事業活動に有効な技術上または営業上の情報をいう。」こちらもなかなか入ってこないが、発明や意匠、著作物という言葉があるので興味が持てた。私自身、音楽をやっていたり、このように随筆を書くなどの創造的な活動をしているので、やはり身近に感じることが出来るからだろうか。

 また以前にマクロ経済学のソロー・スワンモデルというものを聞いたことがあり、興味深く思っていたことも身近に感じる原因かもしれない。ソロー・スワンモデルとは、アイデアや技術進歩のみが経済成長を牽引するということを証明する数式である。企業の生産活動を表したコブ・ダグラス型生産関数というものを下敷きに、そこからアイデアや技術進歩の増加のみが生産量を増加させることを導いた。このモデルから、アイデアや技術進歩が発展には最も有効であると認識しているので、知的財産を守るこの法律に興味を持ったのだ。

 しかし興味があるからといって簡単であるわけではない。知的財産権を守るといった時、具体的には特許法、実用新案法、意匠法、商標法というものに触れることになる。それぞれ対象となるアイデアを守ると同時に、消費者も守るという側面も有しており、産業の発達に寄与する事だけでなく、需要者の利益の保護という社会に秩序をもたらすという意味でも大切なものである。これらの法律にはそれぞれの決まりがあり、その違いを覚えることはなかなか大変だ。例えば権利の存続期間について、特許権は出願日から二十年、実用新案権は出願日から十年、意匠権は出願日から二十五年、商標権は登録日から十年となっており、それぞれの年数の違い、また商標権だけ「登録日から」となっている点など、ポイントを押さえながら整理していきたい。

 知的財産に関わる最近のニュースとして気になったものに「ジブリ風の画像生成」がある。これはAIによって、誰でもジブリのような画風の画像を作ることが出来るものである。日本の著作権法では「画風は著作権ではまもれない」そうだ。しかしこの画像生成は個人利用だけにとどまらず、商業・プロモーション用とても波及し始めているため、対策を考えなければならないのではないだろうか。経済の発展を支えるという重要なアイデアや技術進歩を守ることは、その発案者を守るだけでなく社会に秩序をもたらすものであるのだから。

 テキストを読み進めるにつれて、法律を扱うことは哲学的になると思った。いかに生きるべきか、社会とは何か、人の権利など改めて考えさせられる。法律には文字通りさまざまな決まりが書かれているわけであるが、その前提となるものが何であるか、本当にふさわしいものであるかに思考が及ぶのだ。しかしとにかく疲れた。権利とか手続きとか、なかなか細かいし、でも大事なことなので、試験勉強としても、また哲学者としてももっと深く学んでいきたい。

 次は「中小企業経営・中小企業政策」である。こちらの科目は二つに分かれている。一つ目の「中小企業経営」では、そのほとんどは中小企業庁が毎年発表する「中小企業白書」についてであり、具体的には各種の統計だ。たとえば中小企業の雇用や生産性、経営者が直面する課題や今後の展望などである。二つ目の「中小企業政策」では、国が行っている中小企業支援策や中小企業基本法などの法律について扱う。

 中小企業の数は約三四〇万者で、企業全体の九十九.七%を占めている。大企業は〇.三%しかないのである。私の職業は神主で、神様と参拝者の「仲を執り持つ」わけだが、その参拝者のほとんどが中小企業に勤めているということになる。またお祓いなど深く関わる人たちは経営者などが多く、中小企業を取りまく環境を知ることは、参拝者を取りまく環境を知ることにもつながり、私の仕事上も重要である。

 さまざまな統計の中で注目したのは、物価と為替であった。近年の物価高による中小企業への影響が示されていた。原材料・資源高により特に営業利益にマイナスの影響を受けているというものである。為替についても円安による輸入品の物価上昇の影響がマイナスに働いているということであった。中小企業を取りまく環境の悪化を伝えるものであったが、物価上昇といっても近年のものは食料品とエネルギーが主であり、そのほかのいわゆるアメリカ版コアと呼ばれる生鮮食品およびエネルギーを除いた消費者物価指数についての指摘はなかった。この上昇率は一%代で、物価上昇と言っても全種目ではまだ大したことはない。そのことが中小企業にどのように影響を与えているのかの指摘がなかったのである。また円安は確かに輸入については不利になるが、輸出については、近隣窮乏化という言葉があるように、大変有利に働くものであり、二面性を持つ事柄のマイナス面だけを示していると思った。

 またGXについての記述もあった。GXとは、グリーントランスフォーメーションであり、地球温暖化対策のための取り組みのことである。脱炭素に向けての理解を深める活動や具体的にグリーン製品を仕入れているかどうかの調査が示されていて、「脱炭素化に早い時期から取り組むことで、新規需要獲得などを通じて、長期的には付加価値向上にもつながっている可能性が示唆される」という分析がされていた。本当なのだろうか、私は怪しいと思っているが、試験に出たらもちろんこの通りに答えるつもりだ。

 先に挙げた二つの注目点は、少し皮肉っぽく取り上げているが、本当に注目し、この資格の魅力だと思うところも取り上げたい。それは「伴走支援ガイドライン」というものである。

 中小企業庁は、伴走支援の基本理念や具体的な支援の進め方、留意点等を実際の支援事例や効果的なノウハウを含めて取りまとめ、「伴走支援ガイドライン」として、支援機関向けに二〇二三年六月に公表した。同ガイドラインでは、伴走支援について、「経営者等との対話と傾聴を通じて、事業者の本質的課題に対する経営者の気付き・腹落ちを促すことにより、内発的動機づけを行い、事業者の能動的行動・潜在力を引き出し、事業者の自己変革・自走化を目指す支援法」と定義している。

 伴走支援の具体的な進め方も示されていて、①伴走支援開始前には、事業内容や事業環境、経営状況、経営体制、また経営者の意欲も確認し、伴走支援に対する理解を得る。②開始にあたっては、傾聴を重視し、相手への敬意、共感、謙虚な姿勢を持って、信頼関係を構築することを優先する。③問題意識の言語化、具体化、客観化を繰り返して課題を整理し、そこから表面的な課題に潜む本質的な課題への気付き、腹落ちを促す。④腹落ちによる当事者意識が生まれるという内発的動機づけによって行動が変わり、やりとげるという覚悟をフォローしていく。⑤課題解決に向け、役員・社長の意識を高め、主体性を持たせて、社内に設置されたプロジェクトチームやリーダー活動を側面支援する。⑥自走化の実現に向けて、PDCAの定着や具体的な定量数値を確認して、自己変革による新たな課題対応や目標達成に向け、必要に応じてフォローしてゆく。

 いわゆるコーチングというようなものであろうか。相手に課題を認識、そして解決させるという方法で支援してゆく。診断士が解決するのでは企業の力を奪ってしまう。そうではなく、自ら解決する力をつけさせることによって、将来的な発展の可能性を持たせるのである。私の理想的な仕事内容だと感じた。宮司を支えることで神社の発展に貢献しようとしている部下としての課題、神様と参拝者の間に立つ「仲執り持ちである神主」としての課題、離婚が原因で自堕落な生活を送り、そこから立ち上がるためにさまざまな自己啓発をしてきた経験、そんなものが集約されているような気がしたのであった。

 「中小企業白書」は中小企業庁のホームページで見ることが出来るが、書籍版も販売されている。毎年の動向を追っていくと楽しそうだ。そこから人々の倫理観、価値観が見えてくるのではないだろうか。そして今の私の興味である経済学、哲学へとつながってゆく。そんな妄想をして、毎度のことながら書籍版がほしくなっている。

 以上で中小企業診断士の一次試験のすべてを学んだ。しかし「学んだ」というよりはまだ「通り過ぎた」と言った方がいいぐらいだろう。理解も浅いし、ほとんど覚えていない。これから問題集を繰り返して復習をしながら、実力をつけていかねばならない。今、問題集は三科目めの「運営管理」だ。忘れていることや、覚えていても問題が解けないことが多くて絶望する時もあるが、焙じ茶を淹れながら、またポメラのキーボードを叩きながら、ふでのまにまに歩みを進めている。


令和七年五月二十四日



コメント

人気の投稿

自分の写真
杉原 淳一
muko-city, kyoto, Japan
ふでのまにまに