俯瞰中毒
中小企業診断士の勉強を始めて二ヶ月が経とうとしている。三月の初旬に、自分の学問への興味と仕事に役立てるため、さらには老後の糧にするためにも、この資格がぴったりで、一石二鳥以上だと思って始めたのである。簡単に言えば経営コンサルタントの資格であって、どんな仕事にも役に立つであろうと思った。学習する科目の中には『経済学・経済政策』があり、それがかねてよりの興味であったので、ちょうど良かった。また私は神主であるが後継ではないため、定年後に何か仕事をするといっても、神主はいわゆるツブシがきかない職業であるので、生活の不安があった。はたして中小企業診断士の資格が老後に役に立つのかどうかは知らないが、何もないよりはいいだろうと思った。こんなことがきっかけである。
まずはテキストに全部目を通して全体を把握し、問題集を解き、できないところから集中的に勉強を進め、最後は過去問で仕上げようと計画を立てた。現在はまだテキストに目を通しているところだ。科目が七科目もあるので、テキストはもちろん七冊。どれも三〇〇ページほどあるので、なかなかの分量だ。一回で理解したり覚えたりしようとせずに、繰り返し読んだり問題を解くことで理解を深めようと思っているので、そんなに力を入れては読んでいないが、それでもなかなかきついものである。現在は六冊目の『経営法務』を読んでいる。経営に関する法律を学ぶ科目で、具体的には民法、会社法、知的財産権などを取り扱う。法律の用語にも慣れていかないといけないので、とにかく触れ合うことが大事だと思って、頻繁にテキストを手に取っている。
どの科目も知らないことだらけだ。私が何も知らないと言うこともあるだろうが、学ばなければならないことの知識の幅が広くて深い。先ほどの『経営法務』では、法律のことを取り扱うといったが、まずは法律の分類などから学ぶ。全く知らなくて恥ずかしいが、その分ためになる。例えば、世界の法律における法体系を分類すると英米法と大陸法に分かれるそうだ。英米法は、文字通りイギリスおよびアメリカにおける法体系で、慣習法や判例法を中心とする。一方大陸法は、ドイツやフランスなどヨーロッパ大陸における法体系で成分法を中心とする。日本の法体系は大陸法に属するようだ。読んでいて気づいたが、これは経験論と合理論だなと思った。
英米法では慣習法や判例法が中心となるが、これらは元来文章の形式ではなく、慣習に基づいたものであったり、裁判所の判決の反復、集積によって成立したものである。つまり、人間のすべての知識は経験を通してのみ得られるのだとする認識の立場の経験論である。一方、大陸法は文章の形式で記された成文法で、理性的で、もしかすると理念的なものが多いかもしれない。その意味で合理論と言えると思った。一応は哲学科卒業なのでそんな切り口で見ても楽しんでいる。
この一ヶ月で学んだ『運営管理』、『経済学・経済政策』、『情報システム』の中から印象的だったものを紹介する。
『運営管理』は、GDPの約二割を占める製造業の生産管理と、私たちの生活にとって最も身近な小売業の店舗・販売管理についての科目である。生産管理では、生産形態や工場の設備配置、生産方式、製品の開発や計画、また資材や品質、設備の管理などを学ぶ。店舗・販売管理では、店舗施設に関する法律知識、商品の仕入れや販売、物流、販売流通システム、などを学ぶ。学生の頃のバイトの経験から思い出すこともあれば、全く知らないこともあって興味深く勉強できた。その中でもクリティカルパスという言葉が印象的だった。
クリティカルパスとは、PERT(Program Evaluation and Review Technique)という、順序関係が存在する複数のアクティビティ(作業)で構成されるプロジェクトを、能率よく実行するためのスケジューリング手法の中に出てくる。PERTでは、アローダイアグラムと呼ばれる表記法を使って、作業の全体像を図で表現する。
図一
図一がアローダイアグラムである。丸で囲った数字はノードや結合点と呼ばれ、矢印が作業である。作業にはアルファベットがうってあり、その下にはかかる日数が記されている。作業Aにかかる日数は五日であり、作業Cにかかる日数は二日である。作業には順番があるため、図の左側から進んでいき、作業Gは作業AとCが終わらなければかかることができない。
丸数字の上や下に四角二段で書かれた数字は、上が「最早結合時刻」で、下が「最遅結合時刻」である。これは各作業が最も早く始めることができる時刻と遅く始めることができる時刻が示されている。つまり作業Gをもっとも早く始めることができるのは七日目であり、十三日目に始めることができないと期日にはすべての作業を終えることができないという目安の数字である。そしてこのアローダイアグラム上で、開始から完了までの複数の経路(パス)のうち、最長の経路がクリティカルパスである。(図一の赤線部)
ここで図示されているのは、同時進行で行われる作業を管理する図である。しかもそれぞれの作業のかかる期間はバラバラで前後関係があるので、能率よく管理するには複雑な関係を俯瞰して見ることが不可欠である。そして能率よく管理するために重要な点になるのが、納期以内にすべての作業を終えることができるかどうかである。クリティカルパスは最も長い経路であるので、このクリティカルパス上の作業をおろそかにすると納期が守れないために、クリティカルパスが示されていることは、具体的に作業を進めていくにはとても重要な認識なのである。
このクリティカルパスを認識するために全体を図示し、日数を計算するところがかっこよく感じたのでここに紹介した。一度実際の仕事で活用してみたいものである。
次に『経済学・経済政策』の中から四十五度線分析を紹介する。これは国民所得の決定において総需要と総供給が均衡する状態を示すグラフである。このグラフから政府支出や税金の変化が経済に与える影響を理解することができる。投資や政府支出の増加は国民所得の増加につながり、増税は国民所得の減少につながるのだ。しかし経済学ではモデルという現実を単純化したものを用いて理解を進めてゆくので、おおよその傾向は合っているが、現実とのズレは必ず生じるのだ。四十五度線分析の限界は金利や金融政策の影響は考慮されていないために、それらを含めた分析をするためには、その他のモデルを使って理解してゆくので万能ではない。
このグラフの横軸は国民所得、縦軸は総需要と総供給である。総供給は、一国全体における財・サービスの供給(生産)の総額である。広義の国民所得は国内総生産(GDP)と捉えることができるため、総供給Ysは国民所得Yに等しくなる。このときのグラフが図二である。これが四十五度線であり、ここに総需要を書き込むことによって、均衡国民所得が得られるわけである。
図二
総需要は、生産された付加価値の合計額(GDP)への一国全体の需要である。「生産面から見たGDP」、「分配面から見たGDP」、「支出面から見たGDP」は一致するという三面等価の原則から考えると、ここでは総供給と総需要は一致するといってもいいのだが、「支出面から見たGDP]は「民間・政府最終消費支出+国内総固定資本形成+在庫品増加+輸出―輸入」であり、総需要と言った場合には、「在庫品増加」は企業の支出として計算されるため適切ではないので、あえて含めない。このことによってよりシンプルなモデルで均衡点の変化を理解しやすくする利点があるのだ。
よって
総需要(YD)=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)+輸出(EX)―輸入(IM)
となる。そして四十五度線分析では、「閉鎖経済」を前提し「政府部門」を含めるので、輸出と輸入を除外して、
総需要(YD)=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)
となる。
また租税のうち定額税を考慮するので、ケインズ型消費関数を用いる。ケインズ型消費関数とは、今期の消費は、今期の絶対的な所得水準に依存すると考えるものであり、要するに税金の有無や種類によって消費の大きさは変化すると考えたものである。
ケインズ型消費関数(定額税)
C=c(Y―T)+Co
C:今期の消費 Y:今期の国民所得 c:限界消費性向 T:租税 Co:独立消費
このケインズ型消費関数を消費(C)に代入すると
YD=c(Y-T)+Co+I+G
=cY-cT+Co+I+G
総需要=限界消費性向×(今期の国民所得―租税)+独立消費+投資+政府支出
=限界消費性向×今期の国民所得―限界消費性向×租税+独立消費+投資+政府支出
となる。
図三
消費の中に「在庫品増加」を含めないために、総供給と総需要の傾きが変わる。また租税に限界消費性向をかけたものや、独立消費、投資、政府支出が切片となる。よってグラフが交差するのだ。その交点が均衡国民所得である。
図四
実際の経済では均衡状態が続くことはまれである。例えば図四のグラフにおいて、Y1という国民所得が実現しているとすると、総供給はYS1、総需要はYD1となり、生産物市場は超過需要(YS1<YD1)となっている。この場合は、企業は増産をさせる方向に調整が行われ、国民所得も増加し、やがて均衡国民所得で落ち着くことになる。一方、Y2という国民所得が実現しているとすると、総供給はYS2、総需要はYD2となり、生産物市場は超過供給(YS2>YD2)となっている。この場合は売れ残りが生じているため企業は減産をして、国民所得も減少し、やがて均衡国民所得で落ち着くことになる。
かなり複雑に感じるが、これでも現実を単純化しているという。私は関係性の存在論という哲学的な問題意識を持ってこのような経済学のモデルに接している。まずは理解を深め、これらのモデルの優れた点や欠点を探し、より深い世界説明をしたいと考えている。
次は『経営情報システム』である。これは、経営においての平たく言えばIT関係を学ぶ科目だ。ハード・ソフトウェアやデータベースなどの基礎的知識から、システム・ソフトウェアの開発、経営情報管理、統計解析などを学ぶ。その中でも印象的であったのが、システム開発の中の「アジャイル(agile)開発プロセス」の「XP(エクストリームプログラミング)」である。
まず「アジャイル(agile)開発プロセス」とは、特定の開発手法を指す言葉ではなく、アジャイル=迅速、俊敏にソフトウェアを開発することを可能にするさまざまな手法の総称である。従来のソフトウェア開発では、大規模なシステム開発が、ハードウェアの発達やWebの普及などにより、短期間、中~小規模、低コスト、多様などの特性をもつ分野に移行している。この変化により、開発プロジェクトもより小さく軽量化し、それまでの重量級のプロセスにおける非効率な側面が注目され、軽量であり俊敏な開発プロセスが提唱されるようになってきた。効率的で迅速なのは好ましく、私のような小規模の組織に属しているものにはアジャイル開発プロセスが身近に感じるのである。そして「XP」とは、その中の一つであり、アジャイル開発プロセスの先駆けとなった手法である。Ken Beck氏らによって考案・提唱され、開発の初期段階におこなわれる設計工程よりもコーディングとテストを重視している。つまり「考えているよりもやってみた方が早い」と行動にでるタイプだ。また、各工程を順序立てて積み上げていくよりも、常にフィードバックを行って修正や再設計していくことを重視しており、まさに現場向きの開発手法である。
「XP」には、五つの価値とそれを実現するための原則がある。
一、単純さ
二、コミュニケーション
三、フィードバック
四、勇気
五、尊重
これらを実現するための原則として、
・素早いフィードバック
・単純さの採用
・小さな開発を何回も繰り返すことで開発を進めてゆくインクリメンタルな変更
・変化を取り込む
・質の高い作業
がある。
プロジェクトの規模が比較的小さく、顧客の要求が最初にあまり明確ではなく、プロジェクト期間中に変更される可能性があって、また明確な顧客がプロジェクトに積極的に関与することができるような場合に有効だ。私の場合は、上司の要求が明確ではなくコロコロと変更が多いことがあるので、この手法は大変参考になる。
プロジェクトメンバーの立場ごとに分類された十九のプラクティスという具体的な行動もあげられていて、さらに参考になる。
A共通のプラクティス
一、反復
二、共通の用語
三、オープンな空間
四、回顧
B開発のプラクティス
五、テスト駆動開発
六、ペアプログラミング
七、リファクタリング
八、共同所有権
九、継続的インテグレーション
十、単純さの優先
C管理者のプラクティス
十一、責任の受け入れ
十二、援護
十三、四半期ごとの見直し
十四、ミラー
十五、最適なペースの仕事
D顧客のプラクティス
十六、ストーリーの作成
十七、リリース計画
十八、受け入れテスト
十九、小規模リリース
二「共通の用語」は、チーム全員が使用する用語とその概念を一致させるため、用語集を作成することである。仕事を進めていると話がかみ合わなくなったり、人によって指し示すものが違ったりするのは、はがゆくなる。少し面倒に感じるが用語集を作るのは有効であろう。
六「ペアプログラム」は、すべての製品ソフトウェアは、二人のプログラマで作成するというものである。気が合う二人だといいが、気が合わないと地獄の作業となるかもしれない。しかし独善的なものが減って、最終的な製品は品質が高くなるような気がする。
十五「最適なペースの仕事」は、知的作業には週四十時間の労働が最適であるというものだ。そのため、計画的に開発スピードの調整を行う。変更の多いプロジェクトで行き当たりばったりのことが多いと残業が増えたりする。残業が増えるたびに不満も増えて、質も落ちるので、こういった制限があると逆に集中できるのだ。
十六「ストーリーの作成」は、顧客が求める機能コンセプトを短い文章で記したストーリーカードを作成するというものだ。そのカードをもとに、開発者、管理者を含めたチームとのミーティングを行い、詳細を決定する。これは大変重要なことであると思った。製品の開発がどのような変化を起こして、その時、関係する人がどのように感じるのかを思い描くことは、各人の行動に人間的な影響を与えてくれるだろう。そしてそういった具体的なヴィジョンは、技術面からの思考を効果面からの思考にかえてくれて、発想の幅が広がるのではないかと思う。
このように何かを複数の人間で作り出すときの参考になるような行動が、全体としても個人としても示されていることは、実際の仕事で行き詰まったときに参考になると感じた。
以上が最近勉強した中での印象的だったことである。難しいものがあってなかなか苦しいときもあるが、全体としては楽しみながら勉強している。これは最初にも書いたとおり、自分の興味や仕事上で必要であったり、老後の不安を取り除くというような、さまざまな側面の要請に応えるものであるから、何も心配なく没頭できるからだと思う。私は音楽が大好きで寝ても覚めても音楽であったが、音楽では生活していくことができなかった。そんな状態なのに音楽に没頭したら、あっという間に生活はぼろぼろになってしまう。事実、私の若い頃の生活はボロボロであった。音楽に没頭すればするほど音楽ができるような環境ではなくなっていったのである。これでは自分で自分の首を絞めているようなものである。今の勉強は、そういう意味ではバランスがとれた活動で、趣味と実益にかなっているといえるだろう。
この勉強もさることながら、もう一つ楽しんでいるものがある、ポメラだ。あんまり有名なものではないが、一部の人々からは絶大な人気があるものだ。テキスト入力に特化したガジェットで、文字を打ち込む以外はほとんど何もできない。インターネットなどももちろんできない。ただ文字を打ち込んでいくことが楽しくて仕方がないというガジェットである。興味のある方は検索してみてほしい。
そのポメラを最近彼女に勧められて買って、この随筆もポメラで書いている。キーボードの打ち心地がよく、画面は液晶で、昔のワープロを思い出す。画面表示はいろいろ変えることができて、その中でのお気に入りはアウトライン表示だ。
見出しをつけると、それが画面左に表示され、目次のように、見出しだけで全体をたどれるのだ。この随筆も見出しをつけながら、今自分は全体の中のどこを書いているかを意識しながら進めてきた。運営管理、経済学、情報システム、話がそれないように意識できるのが楽しい。また不意に思いついたことをどこに挿入するかも見出しを確認して、ふさわしい内容のところに挿入できる。まるで先ほど紹介したアローダイアグラムで作業の全体を俯瞰するような感じだ。俯瞰することは楽しい。こんな言葉はないだろうが、私は「俯瞰中毒」である。
なんでも少し上の視点から俯瞰することによって理解が深まったり、冷静になれて合理的な行動をとることができる。さまざまな勉強はそのバリエーションである。運営管理のアローダイアグラム、経済学の四五度線分析、情報システムのXP、どれも全体を俯瞰して、ある目的に適った方法を提示してくれている。そんな方法の数々に魅了されている私は「俯瞰中毒」であろう。悪い中毒ではないはずだ。この「俯瞰中毒」は哲学の対象ともなるだろう。俯瞰の最中に見えなくなったものが何かを突き止めたりすると、新たな俯瞰を生み出すきっかけになるだろう。そもそも哲学こそが「俯瞰中毒」そのものかもしれない。私たちが当たり前だと思っているものをもう一度深く考えてみて、その根底から問いただしてゆく行為は、「俯瞰中毒」といっていいだろう。私はそれを繰り返しているのだ。
とにかくは試験勉強だ。長い随筆を書いてしまったが、先に進まねばならない。しかし随筆を書きながらも試験勉強にもなった。先を急ぐとしよう、ふでのまにまに「俯瞰中毒」しながら。
令和7年4月29日

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